[Produce48] 村川緋杏、”プデュ48″を語る ‐「想像の3000倍きつかった」「最初、AKBの韓国支店の企画だと思った」


“プデュ48”脱落となった村川緋杏(HKT48)が、番組参加の経緯などについて、かなりオープンに話しています。

8月7日、ShowRoomを通じて配信を行った村川緋杏は、”Produce48“の企画を知らされた当時を次のように振り返っています。





村川緋杏「(2017年12月ごろ)最初のオーディションの時、韓国にAKBの支店ができるのかと思っていた。Produce48の事知らなくて、来ていた資料を見て、オーディションに参加することを決めた。私は、オーディションはなんでも受けるタイプなので」

さらに、立候補制だったことを明かしたビビアンは「私は、韓国やKPOPなど詳しくなかったけど、1次面接2次面接に受かった。落ちている(AKBの)子も居たのに、”私は全然知らないのに、受かって大丈夫?”と思っていた。」


初回の番組収録

村川緋杏「番組の概要を見た時、大変そうだった。(クラス分けのため) 披露する曲を練習してくださいということで…」と語った村川緋杏は、その予想通り「1回目の収録で、ボロクソ(の評価)で。他の韓国の練習生たちのを見てたら、レベルが違い過ぎて、途方に暮れていた。もう無理だと思っていた」

全く違う環境に戸惑う ‐

村川緋杏「言語も、スタッフも韓国の人達で、日本人はメンバーだっけだった。そんな中でやって行く自信が無かった。どん底だった。」


そんな状況でも、”辞退は嫌だった“と語っています。

村川緋杏「辞退する手もあったけど、辞退したくなかった。自分が出来るところまで頑張ろうと思っていた。でも想像の3000倍きつかった。朝までやったり、24時間収録するのも普通で大変だった。」


他の練習生たちについて ‐

村川緋杏「韓国の練習生たちは本当に優しかった。ダンスも笑顔で、教えてくれた。」、日本の練習生については、「普段交流が無い日本のAKB(SKE, NMB..)メンバーや、大先輩の方々とも仲が深まった。」と話しています。





脱落について

村川緋杏「全然出来なかったので、注目されずに空気のように、酸素の様に、二酸化炭素の様に、終わっちゃうのかなと思っていた。でも、思っていたより多くの人に、応援されたので頑張れた。30位まで行くと思っていなかった。90位ぐらいだと思っていたから本当に嬉しかった。」

村川緋杏第2回順位発表式で、生存できなかった時、”残念だね”と言ってくれる方がたくさん居て、本当に嬉しかった。第1回目で落ちると思っていたから、ここまで残れた事が嬉しかった。もっともっと頑張りたかったけど、ここまで来れて嬉しい。」


ファン:”イ・カウンちゃんのサイン貰って来て

村川緋杏「カウン、チンチャ・サランヘ。カウンはネッコヤ(カウンは私のモノ)」

地下鉄広告について ‐

村川緋杏「私の韓国のファンが、地下鉄広告を出してくれた。写真で見て、嬉しかった。」





村川緋杏は最後に、「本当に嬉しい。まさか、私がプロデュース48でこんなにいっぱい応援されて、フォロワーも増えて、私がこんなに韓国語に興味を持って、覚えるようになるなんて思っていなかった」

さらに「去年の12月に面接を受けた時は、こんなに大きな事になるとは思っていなかった。本当に嬉しいです。後悔しないようにオーディションを受けて良かった。」と話しています。

(ソース:1)





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